2007-10-01から1ヶ月間の記事一覧
■僕をいつも、批判的な眼差しで眺めていてくれることで友人である K への手紙 もう十月が終わってしまうというその時の流れや区切りに、いまさらのように驚いてみても始まらないのだが、しかし、そういう機会には何となくもっとスパンの長い流れ、例えば自分…
日曜日、半分仕事がらみ(ということは後の半分は遊び)で、秋の若狭湾へ。 前日の荒れ模様とはうってかわって晴天。だが、その余波で波は高かった。 帰途、「沖の石」が望見できる地点にさしかかる。 この沖の石は、百人一首にある、二条院讃岐の下記の歌の…
嘘つき大会があった。 それぞれの出場者が、さもありなんという嘘をつきまくった。 優勝者は最後に出てきて、たった一言、こう言った人だった。 「私はこれまで嘘というものをついたことがありません」 人は嘘をつく。 しかし、それが嘘として成立するために…
中山道は加納宿(現岐阜市南部)にある天満宮の秋祭りに行って来た。 などと書くと、大した祭りに行って来たようだが、実は、私が子供の頃この近くに住んでいたこともあって、その頃は幾度となくいったお祭りなのだ(実はここで結婚式も挙げた)。 だが、今…
『いのちの食べかた』 <あまりネタバレはないと思う> 原題 OUR DAILY BREAD (日々の糧) 監督・撮影 ニコラウス・ゲイハルター 試写を観た。 私たちが日常口にする食料の食材段階での生産のありようを描いている記録映画である。対象は、肉類、魚類、野菜…
JR岐阜駅の構内にはやや小ぶりだが食品のみのスーパーマーケットがある。 近隣の人たちの利用はもちろんだが、名古屋あたりへ勤めている共稼ぎの女性には重宝である。家へ帰って、着替えをして、スーパーへ出かける手数が省けるからだ。 あるいは男性そのも…
駄文であろうがものを書いたりしているため、辞書は欠かせない。 国語辞典や古語辞典、英和、和英、独和、仏和、哲学、音楽、経済、他に川柳辞典などを傍らに置いている。 以上は比較的よく使うのだが、最近、持っているにもかかわらず、滅多に使わないのが…
ゴキブリが古くはゴキカブリといっていたというのは知っていた。 御器、つまり器をかぶる(=囓る)虫というわけだ。 古くは平安時代から使われていたらしい。 それが、今日のようにゴキブリと言われるようになったのは、どっかでなまったのだろうと思ってい…
街を歩いていたら、路傍の街路樹がざわざわと姦しい。 何ごとかと見れば、何羽かの鳩が一本の樹に群がって、たいそう賑やかな様子だ。 こんな情景はあまり見たことがないので、何なんだろうと近寄ってみると、街路樹に稔った黒い実を奪い合うようにして食べ…
この公園は、道路が不規則に交差した結果出来た、三角のゾーンにある本当に小さい公園です。それでも子どもたちが遊ぶのでしょう。遊具などがあります。 故あって、二ヶ月に一度ぐらいこの公園に面した道を通ります。 惚れた女性のもとに通うわけではありま…
張りぼてというのはどこかいびつで、それが面白く、また、もの憂げだと思う。 リアルで、精密なそれもあろうが、それらはどこか面白味に欠けるのかも知れない。もちろん、これは私の偏見である。 「もの憂げ」というのも、もちろん私の偏見で、子どもたちは…
赤提灯はとりわけ秋に似つかわしいと思うのは私だけだろうか。 何となく、いっそう懐かしげに人を招くのだ。 写真のものは浅草の観音様のそれほどではないにしても、とても大きく、路面に届くほどである。 この店、実は一度取材を試みて断られた店なのである…
「きっこのブログ」という人気ナンバーワンのブログをご存知でしょうか。 今日現在でアクセス数が5,700万件を上回るという巨大ブログです。 ちなみに私のこのブログはご覧のようにやっと25,000を超えたばかりです。ですから、例えていえばこのタイトルのよう…
私は、ボケという言葉を、自虐的に自分に対して使う以外にあまり使わないようにしている。 いわゆる呆けた人たちは、当然のこととして自己責任ではないし、私自身、呆けた義母と五年間を過ごした経験があるからだ。 彼女はおとなしいボケだったが、それでも…
月に一度顔を出している勉強会の有志が新美南吉ゆかりの「ごんぎつねの里」へ曼珠沙華の大群生を見に行くという。 私は他に予定があって残念ながら参加できないが、一度は見たいものだなどと考えて歩いていたら、向こうの神社の境内に何やら赤いものが・・。…