2012-02-01から1ヶ月間の記事一覧
ピレネー山脈を越えるともはやヨーロッパではないという。この言葉には多少の蔑視も含まれているようだが、この際それは無視しよう。スペイン、しかもその西南部、アフリカに接するアンダルシアには、事実、伝統的なヨーロッパとは異なる風情が満ちてている…
ある買い物のためまだ現役で小売商を営んでいる高校時代からの友人の店に行きました。久しぶりにちょっとした話でもと思っていたのですが、あいにくと出かけて留守でした。 用件そのものは奥さんで済むことでしたが、いくぶん寂しい思いもしました。 この友…
農協の野菜売り場をよく利用します。 新鮮で値打ちな野菜をゲットするというのがもちろんそのメインの用件ですが、ほかにも楽しみがあります。 その前庭で季節の花々が売られているのです。 この時期、決して花の種類は多くありません。 しかし、季節の到来…
(これは六の落書き) 前のアートに関する記事ですが、作者のHP宛てに「こんなの載せたよ~ん」とメールしたら、ご本人の土田泰子さんから丁重なご返事をいただきました。 そしてその一節に、 「ちなみに50万本以上の安全ピンでできています!」 とのこと。 …
16日のことである。 昼食を含めた集まりを終えて、せっかく名古屋へ来たのだから映画でも観て帰ろうと思ったのだが、映画までにはかなり時間がある。喫茶店で粘るというのが苦手なタチなので、ある程度暖がとれて読書でもできる公共的なところということで愛…
これは昨年公開された映画『黄色い星の子供たち』同様、占領下のフランス政府自身がコラボラシオン(対独協力)の名において行った「ヴェル・ディヴ事件」(10,000人以上のユダヤ人大量虐殺)を発端とする事態を描いている。 ただし、それ自身の描写というよ…
エロスと哲学は一体をなしている。いずれも「世界」から逃走し、非政治的、反政治的だからである。恋する男が恋人と共に日常的な仕事の世界から逃走して愛の対話を交わすことができるように、哲学者は自分自身と共に逃走して、思索の対話を行うことができる…
*写真は名古屋「オアシス21」にて 世の中はさまざまで、人の考えもさまざまです。 まあ、これは当然ですが、それを「難儀やなぁ」と思うか、「仕方ないなぁ、自分もそんなさまざまなうちなのだから」と思うかでひとつの分岐があるのですが、それはさておき…
私にしては珍しく朝のうちから出かける。 地域での集まりだが、三〇分ほど早く着いてしまったので近くの川辺に足を運ぶ。荒田川と境川が合流する辺りである。 やっと人が渡れるほどの橋が架かっている。若い折りなら自転車でも渡れたであろうが、この歳にな…
私の所属しているSNSのなかに元赤軍派議長・塩見孝也という人がいます。ハンドルネームは「預言者」と言います。これはいわゆる暴露ではありません。本人が両方共公表しているからです。 あるとき、彼の方から「友人になってくれ」との申し出があり、来る者…
*写真は本文には関係ありません。雪の稲沢操車場です。 戦中戦後、疎開先での風呂は母屋でのもらい風呂で、しかもその母屋が大家族ときて、母や私が入るのは十人以上が入った最後であった。 20Wの裸電球しかない五右衛門風呂であったが、私たちの入る頃には…
1975年に野坂昭如がサントリーゴールドのコマーシャルソングで歌った「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか」という歌があります。 ソ,ソ,ソクラテスかプラトンか ニ,ニ,ニーチェかサルトルか みーんな悩んで大きくなった. (大きいわ 大物よ) 俺もお前も…
久々に芝居を観た。A・チェーホフの『三人姉妹』である。 学生時代の先輩がプロヂューサーをつとめたもので、私たち同世代が10人ほど集まっての観劇となった。 チェーホフの芝居といえば、戦前戦後を通じての「新劇」のデフォルトの演題であった。崩壊しつつ…
オイデプスの悲劇は、神託に抗う人たちがそれにも関わらずどうしようもなくそのうちへと転落してゆく悲劇であった。 しかしこの映画が描く悲劇は、一見、宿命とも見えながら、その実、人為による宗教、民族、党派といった恣意的な分断によってもたらされたも…
カウンターの隅フェチという客がいるようだ。通いつめた店っへいっても、隅が空いてないと帰ってきてしまうというぐらいなのだ。しかし、そこはよくしたもので迎え撃つ客どもも常連、したがって相互の癖もわきまえていて隅に座っているのがいても、彼が行く…